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不定期刊行Web短歌誌。「詠う前から届かないこと考えるバカいるかよ!」


by tankatan9

「イエローハウス」鯨井可奈子(平成23年落選展)テキスト

「イエローハウス」 鯨井可奈子


はるのひに枝をはなれし木蓮のひとひら We are the passengers.

皿の隅ポテトサラダはひっそりと春の一部となりて動かず

郊外の丘なだらかにわが住まう家のやたらと目立つ黄色は

父の引きし図面あかるしぐらぐらと暮らし重ねてイエローハウス

出勤を見送る母は玄関に猫を抱えて猫の手を振る

うす青きボタンダウンのシャツばかり着る父 鴨居に揺れて六着

電源につながるiPhoneにつながるイヤフォンにつながって眠る弟

ある日より母は自然に減塩の料理を父につくりはじめぬ

ルクルーゼに筍煮えてやわらかく母の背中に滲むいくとせ

テーブルにあるのは父の減塩の醤油だがいいやかけてしまう

眩しさにほどけるごとく花散らすえごの木 春のまひるまの庭

妹は遥かな部屋に恋人と木を育てゆくように暮らせり

ちちははの植えし緑の溢れたる我が家のゆめとしてのじゃんぐる

こぢんまりと花咲くまちに戻りたり〈女子会〉ばかりに一年の過ぐ

好きなひとがほしいね、ほんと欲しいよね 揺れるピアスの石のきらきら

月浴びて軽自動車はゆらゆらと浮かぶ国道沿いのTSUTAYAに

毎晩きっちり帰ってくる長女二十七歳長電話の気配なし

はつなつの友のメールにちらほらと可愛く凹み系の絵文字は

ぬばたまの夜だばだばとコーヒーを注げばマグカップにちびのミイ

苺すべて失いしことガラス器は練乳の白うすく透かして

天窓に夜露の重さしっとりとたくわん添えて食べるカレーは

暗がりにひしと見上げる本棚に何を見ている真夜中の猫

雨風のやさしくなぶる丘の上もはや黄色くない我が家にて

それは願いだった幼き日の空よ Yellow, Yellow,しあわせの色

亡き祖父の写真探せば段ボール箱をいろどる光の地層

アルミ製の支柱縮めて押し入れに眠りつづけよ鯉幟たち

月は差す 夜の港に寄り合いし小舟のごとく眠るわれらに

茶碗 箸 きょうの朝刊 ペペロミア 麦茶のやかん いくつもの窓

玄関を濡らす光よ〈出て行く〉を繰り返しては還る両足

母の傘をかりて出かける雨の朝 土のにおいを踏みしめてゆく




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by tankatan9 | 2011-09-04 23:46 | 落選展